YUKI Girly ★ Rock
1997年に発売された
YUKIのエッセイ。第一弾。
幼少期から、思春期真っ只中の学生時代、JUDY AND MARYを結成し、デビュー3年目の頃までのYUKIに起こった出来事、心境などが書かれています。
強くて優しく、温かく、
その ひと時ひと時を大事に言葉にしている本
完全に私用ですが、
その中で、すきな言葉たち
お腹に力を入れて、大きく口を開けて歌う。
そうすると、じぶんはきちんと息をしている、きちんと生きているんだと確信できた。
小学校の低学年のときから、日記はずっとつけていた。
この日も制服のサージの手触りから、匂いから、自分の持ったありとあらゆる印象を有希は大学ノートに書きつらねた。
風の色も雨の匂いも、会話のひと言ひと言も、毎日ていねいに日記に記した。
言えなかった言葉を部屋にこもって日記に書いた。
会っても、会わなくても、“好き”という感情はどんどんふくらんでいった。
家族で食べるジンギスカンも、前ほどおいしくなくなっていた。
(神様、私を14歳のままでいさせてください)
本気でそう願った。
パタリとノートを閉じて窓辺に立つと、ひんやりと夜の風が吹いてきた。
潮の香りを含んだ酸っぱい風。
空が細い。星屑がきらめいている。
(明日もきっと晴れになる)
14歳の日々は、毎日が新鮮な喜びに輝いていた。
有希は何より彼が一番で、彼のことばかり考えていた。
でも彼は、男友達やバレーボールや勉強や遊び、いろいろなものがいっぱいあって、そのうちのひとつに有希がいるという感じだった。
晴れた朝、真っ白な雪で躍る光のプリズムの美しさ、彼との一日が始まるうれしさ。
ふたりでいられる時間の風の匂い、モノクローム8ミリフィルムのように見える街並み。
彼の肩の高さ、見上げたときの笑顔、そろって歩くふたりの靴、ときどき触れ合う手の甲。
海岸沿いのガードレール、鷗の鳴き声、誰もいない砂浜、猫の爪に似た月。
全ての細胞にきざみつける勢いと、全てに勝る確信と。
不安はなかった。彼がここにいなくても、孤独ではなかった。
むしろ彼に出会う前の、花の女子大生をやっていた自分の方が孤独だったと思う。
あの頃の自分には、希望も夢もなんにもなかったのだから。
家までの帰り道、車を走らせる。
バイト代を貯めて買った自分だけの車だ。
冷たい風が吹く日でも、窓はいっぱいに開けておく。海辺で育ったせいかもしれない。
風が運んでくる潮の匂いがあると、それだけで安心できた。
夜空には星々が輝いていた。
(今頃彼は眠っているのだろうか。それとも、自分と同じようにこの星をながめているのだろうか)
星が少々窮屈そうに小さくちかちかしていた東京の夜空を思い出しながら、有希は車を走らせた。
デビュー曲 「POWER OF LOVE」なレコーディングでは、喉が痛くなるまで歌わされた。
何度も歌詞の書き直しが出た。
緊張で胸が痛かった。
でも、いちばん痛かったのは、忘れるには記憶が新しすぎる人への思いがそこにつまっていたからだった。
忘れてしまいたい記憶も、いくつかある。
しかし、忘れてはいけないと思う。
昨日は今日のためにあったのだし、今日はきっと、明日のためにあるのだろう。
悲しいことも恥ずかしいことも、うれしいこともつらいことも、傷つけたことも裏切られたことも、すべてがあったから、今の有希はある。
記憶はエネルギーに違いなく、歩いていくために、すべてをわすれずにいたいのだ。